(1)気体分子の配列・配向制御技術の研究

(注)論文の被引用回数は、2016年7月9日現在のWeb of ScienceTM Core Collectionによるものです。

気体分子の配列・配向制御技術は、酒井らが1999年に発表した論文(J. Chem. Phys. 110, 10235 (1999)、被引用回数210回、及びJ. Chem. Phys. 111, 7774 (1999)、被引用回数185回)が数多くの研究者の注目するところとなり、以後10余年にわたり、著しい進歩を遂げています。酒井は東大物理に着任後、近い将来研究者の興味の対象が配列(分子の頭と尻尾を区別せず向きを揃えること)から配向(分子の頭と尻尾を区別して向きを揃えること)に向かうであろうことを見越し、配向制御技術の開発に着手しました(実際、2009年以降、世界の研究者の関心が分子の配列制御とその応用から分子の配向制御とその応用に推移していることが実感できます)。

まず、静電場と直線偏光したレーザー電場を併用することにより、1次元的な配向制御に成功しました(Phys. Rev. Lett. 90, 083001 (2003)、被引用回数168回、及びJ. Chem. Phys. 118, 4052 (2003)、被引用回数52回)。その後、静電場と楕円偏光したレーザー電場の併用により3次元的な配向制御に成功しました(Phys. Rev. A 72, 063401 (2005)、被引用回数58回)。ここで、3次元的というのは、分子の向きを規定する三つのオイラー角の全てを制御するという意味です。これらの初期の実験はナノ秒レーザー電場を用い、レーザー電場の存在下で断熱的に配向を制御する手法でした。

一方、精密分光実験や光電子分光などへの応用を考えるとき、高強度レーザー電場の存在が望ましくなく、レーザー電場の存在しない条件下での配向制御の実現が望まれていました。本研究室では、パルス幅12 ns、パルスエネルギー70~80 mJのパルスを立下り150 fs程度で急峻に遮断するプラズマシャッター技術を開発し、レーザー電場の遮断直後や分子に固有の回転周期後にレーザー電場のない条件下で分子配向を制御することに初めて成功しました(Phys. Rev. Lett. 101, 013001 (2008)、被引用回数72回、selected as an Editors’ suggestion and discussed in RESEARCH HIGHLIGHTS of Nature)。

また、非共鳴2波長レーザー電場のみを用いる全光学的な手法で分子配向を実現する手法を独自に提案し(J. Chem. Phys. 115, 5492 (2001)、被引用回数68回)、最近異論の余地のない明確な原理実証実験にも初めて成功しました(Phys. Rev. Lett. 104, 213901 (2010)、被引用回数50回)。

これまでの一連の原理実証実験では、永久双極子モーメントが互いに逆方向を向く状態にある分子が混在しているthermal ensembleを試料としていたため、一般に高い配向度を実現することが困難でした。本研究室では配向した分子試料を応用研究でも使用することを目指しているので、高い配向度を実現するために、最近分子の回転量子状態を選別する装置の開発を行いました。

一つは、非対称コマ分子や直線分子などの回転量子状態を選別するための分子偏向器です。既に、回転量子状態を選別したヨードベンゼン分子を試料とし、静電場とピーク強度付近で急峻に遮断されるナノ秒レーザーパルスを用いてパルスの遮断後にレーザー電場の存在しない条件下での1次元的な配向制御を初めて実現しました(Phys. Rev. A 89, 051402(R) (2014))。その後、静電場とピーク強度付近で急峻に遮断される楕円偏光したナノ秒レーザーパルスを用いてレーザー電場の存在しない条件下で3次元配向を初めて実現することにも成功しました(Phys. Rev. A 94, 013401 (2016))。さらに非共鳴2波長レーザー電場を用いた全光学的な手法にプラズマシャッター技術を適用し、レーザー光の偏光を平行にすることにより1次元的な配向制御をレーザー光の偏光を交差させることにより3次元的な配向制御をレーザー電場の遮断後に静電場も存在しない完全にフィールドフリーな条件下で実現することが喫緊の課題となっています。

分子の回転量子状態を選別するために開発したもう一つの装置は、対称コマ分子の量子状態選別に適した六極集束器です。六極集束器の開発に当たり、同装置を用いた化学反応の立体ダイナミクス研究の第一人者である笠井俊夫先生(当時大阪大学教授、現在大阪大学名誉教授、国立台湾大学客座教授)にご協力いただきました。ここに記して謝意を表します。六極集束器を用いた場合、単一の回転量子状態を選別できるのが強みです。分子偏向器を組み込んだ装置と同様に、静電場とレーザー電場を併用する手法にプラズマシャッター技術を適用することにより、単一量子状態を選別した分子のレーザー電場の存在しない条件下での1次元的、及び3次元的配向制御の実現、並びに非共鳴2波長レーザー電場のみを用いる全光学的な手法にプラズマシャッター法を適用することにより、静電場も存在しない完全にフィールドフリーな条件下での1次元的、及び3次元的な配向制御の実現を目指しています。