2015年度

2015年酒井(広)研究室年次報告

本研究室では、(1)高強度レーザー電場を用いた分子操作、(2)高次の非線形光学過程(多光子イオン化や高次高調波発生など)に代表される超短パルス高強度レーザー光と原子分子等との相互作用に関する研究、(3)アト秒領域の現象の観測とその解明、(4)整形された超短パルスレーザー光による原子分子中の量子過程制御を中心に活発な研究活動を展開している。

始めに、分子の配列と配向の意味を定義する。分子の頭と尻尾を区別せずに分子軸や分子面を揃えることを配列(alignment)と呼び、頭と尻尾を区別して揃えることを配向(orientation)と呼ぶ。英語では混乱はないが、日本語では歴史的経緯からしばしば逆の訳語が使用されて来たので注意する必要がある。また、実験室座標系で分子の向きを規定する三つのオイラー角のうち、一つを制御することを1次元的制御と呼び、三つとも制御することを3次元的制御と呼ぶ。以下に、研究内容の経緯とともに、今年度の研究成果の概要を述べる。

 

1.レーザー光を用いた分子配向制御技術の進展

本研究室では、レーザー光を用いた気体分子の配向制御技術の開発と配列あるいは配向した分子試料を用いた応用実験を進めている。分子の向きが揃った試料を用いることが出来れば、従来、空間平均を取って議論しなければならなかった多くの実験を格段に明瞭な形で行うことが出来る。そればかりでなく、化学反応における配置効果を直接的に調べることができるのを始めとし、物理現象における分子軸や分子面とレーザー光の偏光方向との相関や分子軌道の対称性や非対称性の効果を直接調べることができるなど、全く新しい実験手法を提供できる。実際、配列した分子試料の有効性は、I2分子中の多光子イオン化過程を、時間依存偏光パルスを用いて最適制御することに成功したり(T. Suzuki et al., Phys. Rev. Lett. 92, 133005 (2004))、配列した分子中からの高次高調波発生実験において、電子のド・ブロイ波の打ち消しあいの干渉効果を観測することに成功したり(T. Kanai et al., Nature (London) 435, 470 (2005))するなどの、本研究室の成果でも実証されている。

分子の配向制御については、静電場とレーザー電場の併用により、先に1次元的および3次元的な分子の配向が可能であることの原理実証実験に成功した。これらの実験は、分子の回転周期に比べてレーザー光のパルス幅が十分長い、いわゆる断熱領域で行われたものである。この場合、分子の配向度は、レーザー強度に追随して高くなり、レーザー強度が最大のときに配向度も最大となる。一方、光電子の観測や高精度の分光実験では、高強度レーザー電場が存在しない状況で試料分子の配向を実現することが望まれる。本研究室では、静電場とレーザー電場の併用による手法が断熱領域で有効なことに着目し、分子の回転周期Trotに比べて立ち上がりのゆっくりしたパルスをピーク強度付近で急峻に遮断することにより、断熱領域での配向度と同等の配向度を高強度レーザー電場が存在しない状況下で実現する全く新しい手法を提案した(Y. Sugawara et al., Phys. Rev. A 77, 031403(R) (2008))。この手法を実現すべく、ピーク強度付近で急峻に遮断されるパルスをプラズマシャッターと呼ばれる手法を用いて整形する技術を開発し、レーザー電場の存在しない条件下で分子配向を実現することに初めて成功した(A. Goban et al., Phys. Rev. Lett. 101, 013001 (2008))。

一方、本研究室では先に、分子の回転周期よりも十分長いパルス幅をもつ高強度非共鳴2波長レーザー電場を用いて断熱的に分子配向を実現する手法を提案していた(T. Kanai and H. Sakai, J. Chem. Phys. 115, 5492 (2001))。この手法では、使用するレーザーの周波数がパルス幅の逆数よりも十分大きな場合には、分子の永久双極子モーメントとレーザー電場との相互作用はパルス幅にわたって平均するとゼロとなる。したがって、分子の配向に寄与しているのは分子の超分極率の異方性とレーザー電場の3乗の積に比例する相互作用、すなわち、それによって形成されるポテンシャルの非対称性である点に注意する必要がある。

最近、この手法に基づいて、2波長レーザー電場を用いてOCS分子を配向制御することにも初めて成功した(K. Oda et al., Phys. Rev. Lett. 104, 213901 (2010))。さらに、C6H5I分子を用い、本手法の汎用性の実証も行った。一方、Even-Lavie valveを用いても、OCSやC6H5I分子の配向度は、0.01のオーダーであり、劇的な配向度の増大を図ることは困難であることが明らかになった。この困難は、回転量子状態がBoltzmann分布しているthermal ensembleでは、いわゆるright wayに向く状態とwrong wayに向く状態が混在していることに起因している。本研究室では、配向した分子試料を用いた「分子内電子の立体ダイナミクス(electronic stereodynamics in molecules)」に関する研究の推進を目指しており、配向度の高い分子試料の生成が不可欠である。そこで、初期回転量子状態を選別した試料に対し、静電場とレーザー電場を併用する手法や非共鳴2波長レーザー電場を用いる手法により高い配向度の実現を目指すこととした。そして、主として対称コマ分子の状態選別に適した六極集束器(hexapole focuser)と主として非対称コマ分子の状態選別に適した分子偏向器(molecular deflector)を組み込んだ実験装置の立ち上げを行った。今後は、回転量子状態を選別した試料を用い、静電場とレーザー電場を併用する手法や2波長レーザー電場のみを用いる全光学的な手法により、分子配向度の向上を実現した上で、配向した分子試料を用いた「分子内電子の立体ダイナミクス」研究の確立を目指す。

既に、初期回転量子状態を選別した非対称コマ分子(C6H5I)を試料とし、静電場とレーザー電場を併用する手法を用いて世界最高水準の高い配向度を達成することに成功した。さらに、プラズマシャッター技術を導入し、初期回転量子状態を選別した分子のレーザー電場のない条件下での1次元的配向制御に世界で初めて成功した(J. H. Mun et al., Phys. Rev. A 89, 051402(R) (2014))。プラズマシャッターで整形したナノ秒パルスの立ち下がりは、約150 fsであった。分子が配列・配向している様子は、フェムト秒プローブパルスで生成された多価イオンからクーロン爆裂で生成されたフラグメントイオンを2次元イオン画像化法で観測した。配列度を<cos22D>(2Dはレーザー光の偏光方向と分子軸(ここではC-I軸)のなす角次元検出器面への射影)で評価すると、レーザー電場を遮断後に、510 ps程度高い配列度を維持できることが明らかとなった。一方、観測されるフラグメントイオンのうち、検出器面の上側に観測されるものの割合Nup/Ntotalを配向度の指標とした場合には、レーザー電場を遮断後に、20 ps程度高い配向度を維持できることが明らかとなった。配列度<cos22D>のdephasing時間と総合すると実質的に高い配向度を維持できるのは510 psと考えるのが妥当である。この510 psという時間スケールは、フェムト秒レーザーパルスを用いた分子内電子の立体ダイナミクス研究への応用を考慮すると十分に長い時間スケールと言える。

さらに、静電場と楕円偏光したレーザー電場の併用により、レーザー電場の遮断直後にレーザー電場の存在しない条件下での3次元的な配向制御の実現に世界で初めて成功した(論文を投稿中)。実験試料として分子偏向器で初期回転量子状態を選別した3,4-ジブロモチオフェン分子(C4H2Br2S)を用いた。楕円偏光を用いるとBr+フラグメントの角度分布が楕円偏光面によく沿う様子を観測でき、フラグメントイオンの上下の非対称性と併せて3次元配向が実現している様子を確認することができた。先の3次元配向制御の原理実証実験のときに、2次元イオン画像の観測により3次元配列の確認をし、TOFスペクトルのforwardイオンとbackwardイオンの非対称性の観測により分子が配向していることを確認し、両者の組み合わせにより3次元配向の証拠としたのに対し、今回は配向度が十分高いため、2次元イオン画像だけで3次元配向制御の様子を直接的に観測することができた。この3次元配向制御の直接的観測自体も世界初の成果である。さらに、プラズマシャッター技術でナノ秒パルスを急峻に遮断すると、1次元配向制御に用いたヨードベンゼン分子のときのdephasingダイナミクスよりは若干速いものの、~5 ps程度は十分高い配向度を維持できることを確認した。また、ナノ秒パルス内で、プラズマシャッターを掛けるタイミングを変えると、パルスの遮断後のdephasingダイナミクスが異なることを確認することができた。特にナノ秒パルスのピーク強度の前後の瞬時強度がほぼ等しいタイミングでパルスを遮断した後のdephasingダイナミクスが異なることは、1次元配向制御に用いたヨードベンゼン分子のときと同様に、3,4-ジブロモチオフェン分子に対しても、ナノ秒パルスの立ち上がり時間8 nsが分子とレーザー電場の純粋に断熱的な相互作用を保証するほど十分に長くはないことを示唆している。

昨年度は、上述したナノ秒非共鳴2波長レーザー電場を用いる全光学的な配向制御手法にプラズマシャッター技術を適用することにより、静電場も存在しない完全にフィールドフリーな条件下での配向制御の実験を推進した。2波長レーザー電場を用いた全光学的な配向制御の実験は、静電場とレーザー電場を併用する手法と比べると、光学系の構成は複雑となる。2波長レーザー電場としては、ナノ秒Nd:YAGレーザーの基本波(波長 = 1064 nm)とその第2高調波( = 532 nm)を使用する。2波長レーザーパルスとプローブパルスの空間的重なりをよくするための調整などを地道に行った結果、当初の目標であった配向度<cos> > 0.1を達成できる目処をつけることに成功した。一方、ナノ秒Nd:YAGレーザーの基本波とその第2高調波を利用した分子配向制御においては、基本波のパルス幅よりも第2高調波のパルス幅の方が短いため、基本波が先に立ち上がり始めることが配向度の効率的な向上を妨げている根本原因であることを明らかにした。これは、基本波パルスのみが先に立ち上がると対称な2重井戸ポテンシャルが形成されて分子配列のみが進行し、遅れて第2高調波パルスが立ち上がり非対称ポテンシャルの形成が始まっても断熱的に配向を制御するメリットを生かすことができないためである。この困難を克服し、理想的な条件で全光学的な配向制御法を開発するために、干渉計型の光路を導入して2波長間の立ち上がりのタイミングを合わせることにした。この干渉計型の光路を用いれば、2波長間の相対位相の測定結果を干渉計の一つのアームの反射ミラーの位置合わせにフィードバックすることにより、プラズマシャッター動作時の相対位相の揺らぎを補償する効果も期待できる。今年度は、実際に干渉計型の光路を導入し、2波長パルスのアライメントなどを進めた。直線偏光した2波長レーザー電場の偏光方向を平行にすれば1次元的な配向制御が可能であり、偏光方向を交差させることにより3次元的な配向制御が可能である。さらに、2波長レーザーパルスにプラズマシャッター技術を適用すれば、静電場も存在しない完全にフィールドフリーな条件下での配向制御が可能となる。

一方、気体分子の配向制御の実験を始めとし、本研究室ではポンプ―プローブ型の実験を数多く行っている。この場合、ポンプ光とプローブ光の空間的な重なりを最適化し、かつ長時間にわたって維持することが重要である。この実験プロセスを効率化するための方策として、真空チェンバーの直前に配置するステアリングミラーのホルダーをアクチュエータ―付きのものとし、ポンプ光とプローブ光の重なり具合をモニターして最適化を自動化するとともに、フィードバック制御を導入して長時間にわたり重なり具合の最適化を維持する手法について検討した。

 

2.フェムト秒2波長レーザーパルスによるCO分子の配向度の検証

近年、フェムト秒2波長レーザーパルスでCO分子などの非対称な分子の回転波束を励起し、プローブ光の照射により発生する偶数次を含む高次高調波を観測して非対称な分子の分子軌道イメージングに応用する研究が注目されている。しかし、この研究課題を巡っては、コミュニティーで大きな混乱が起こっている。まず、カナダNRCを中心とするグループが配向したCO分子中から発生する高次高調波を観測したとする論文を発表した(E. Frumker et al., Phys. Rev. Lett. 109, 113901 (2012))。その後、この実験に参加していたWörnerが、自国のスイスETHにポジションを得て同様の実験を行い、配向したOCS分子中から発生する高次高調波を観測したとする論文を発表した(P. M. Kraus et al., Phys. Rev. Lett. 109, 233903 (2012))。彼らが試料分子が配向しているとする根拠は、一般に反転対称性の破れた系から発生すると考えられる偶数次高調波の観測である。また、彼らは配向分子が生成されるメカニズムについて、高強度フェムト秒2波長レーザー光で特定の方向を向いた分子のイオン化が選択的に起こり、残った中性分子が実質的に配向しているため高次高調波の発生に寄与したと説明し、偶数次と奇数次の高調波強度の比から配向度<cos>~0.20程度が達成されていると見積もった。しかし、配向度<cos>~0.20程度を達成するためには最低でも20%以上の分子をイオン化する必要があるが、それほど高いmedium depletionが起こった系から高調波が効率的に発生するという報告は聞いたことがなく、彼らの説明は説得力に欠ける。一方、Wörnerらはその後、prealignmentパルスも併用したより慎重な実験を行い、CO分子の配向メカニズムを酒井らが提案した2波長レーザー電場と超分極率の異方性によるものと解釈を変更した(P. M. Kraus, et al., Phys. Rev. Lett. 113, 023001 (2014))。しかし、彼らが見積もる配向度<cos>~0.38は、prealignmentパルスを用いたとしても(高調波実験では実現困難な回転温度を仮定しない限り)量子力学計算が予言する値として高過ぎると考えられ、依然としてにわかには納得しがたい状況である。

そこで、本研究室ではフェムト秒2波長レーザーパルスでCO分子の回転波束を励起し、CO分子の回転周期近傍(8.85 ps)で偶数次高調波の信号強度を最大化する様にポンプ光の条件を最適化し、その同じポンプ光を用いて実際にCO分子がどれだけ配向しているかを速度マップ型のイオンイメージング装置を用い、クーロン爆裂イメージング法で明らかにする研究を行った。この場合、プローブ光の偏光方向を検出器面に垂直にすることにより、配向度を正しく評価することが重要である。具体的な実験方法と結果の概要を以下に述べる。

CO分子の回転波束励起用の2波長レーザーパルスには、フェムト秒Ti:sapphireレーザーの出力(中心波長~800 nm)と-BaB2O4結晶で発生させた第2高調波を用いた。方解石(CaCO3)を用いて2波長間の群遅延を補償するとともに、その回転により2波長間の相対位相差を制御した。試料のCO分子はEven-Lavieバルブを用いて背圧8気圧で供給した。高次高調波の観測は、平面結像型斜入射分光器とX線CCDカメラを用いて行った。その結果、ポンプ光を照射後にCO分子が配列していると考えられる遅延時間付近(8.8 psと9.3 ps)で偶数次高調波の観測に成功した。ただし、奇数次高調波が30次程度まで観測されるのに対し、偶数次高調波は20次程度でその強度が急速に減衰することを見出した。高次高調波発生の基本モデルとして知られている3ステップモデルでは、今回観測された奇数次と偶数次でカットオフが有意に異なる理由を説明できない。このことは、奇数次高調波と偶数次高調波の発生メカニズムにおける本質的な相違を反映している可能性がある。偶数次高調波の発生がフェムト秒2波長レーザーパルスによってCO分子のマクロな配向が実現したためと「仮定」して、偶数次高調波と奇数次高調波の強度比から配向度<cos>を見積もると~0.04程度となる。

そこで、偶数次高調波の発生に最適化されたポンプ光を用い、CO分子が実際にどの程度配向しているかを速度マップ型のイオンイメージング装置を用い、クーロン爆裂イメージング法で明らかにした。まず、ポンプ光とプローブ光の偏光方向を互いに平行にし、かつ検出器面に平行な配置でCO2+から解離したO+の信号の角度分布を測定したところ、偶数次高調波が観測されたのとほぼ同じ遅延時間で<cos2D>の値に配向を示唆する信号が観測されたが、その値は最大でも±0.02以下程度であった。ただし、このプローブ光の偏光配置では、プローブ光の偏光方向と平行な向きを向いた分子ほど多価イオン化しやすい傾向があるため、<cos2D>の値は確実に過大評価されていること、さらに、分子試料のマクロな配向を観測しているのではなく、単に解離過程の異方性を観測しているに過ぎない可能性があることに注意する必要がある。これらの懸念を払拭し、クーロン爆裂イメージング法を用いた<cos2D>の評価を適切に行うため、プローブ光の偏光方向を検出器面に垂直にして観測したところ、<cos2D>の値は偶数次高調波が観測された遅延時間付近でも揺らぎの範囲に止まっており、実質的に<cos2D>~0、即ち、マクロな分子配向は殆ど実現していないと結論せざるを得ないことが明らかになった。

高次高調波発生実験では、Even-Lavieバルブの直下にレーザー光を集光するため、試料分子の回転温度は数十Kと予想されるが、速度マップ型のイオンイメージング装置を用いたクーロン爆裂イメージング法の実験では、Even-Lavieバルブから数十センチ下流でレーザー光と相互作用することから回転温度は10 K程度以下になっていると予想される。したがって、本当にマクロな分子配向が実現しているのであれば、偶数次高調波と奇数次高調波の強度比から見積もられた配向度<cos>~0.04を上回る値が得られるはずであるが、結果は全く逆であり、高次高調波発生実験では偶数次高調波が観測されるものの、試料分子のマクロな配向は殆ど実現していないと考えるのが今回の一連の実験の論理的帰結である。

量子力学計算の予言を信じる立場からは、一般にフェムト秒2波長レーザーパルスで分子の回転波束を励起しても<cos> > 0.1を実現することは困難であると予想される。すなわち、試料分子のマクロな配向度<cos>が低くても偶数次高調波が発生するメカニズムが存在すると考えるのが妥当である。偶数次高調波が発生するためには、例えば高調波発生の第1ステップであるトンネルイオン化に非対称性があればよい。一般に気体分子の配列・配向制御の理論計算ではBorn-Oppenheimer近似に基づいた剛体回転子モデルが仮定されるが、比較的高強度(1013 W/cm2オーダー)のフェムト秒2波長レーザーパルスで励起された場合には、Born-Oppenheimer近似を超えた現象が起こっている可能性がある。

 

3.フェムト秒X線自由電子レーザーパルスを用いた高強度レーザー電場中での分子構造の決定

近年、高強度電子線源と加速器関連技術の進歩を背景としてX線自由電子レーザーの開発とその応用研究が世界的に注目されている。日本では、理化学研究所のX線自由電子レーザー施設SACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser)が2011年6月7日16時10分に1.2 ÅのX線レーザーの発振に成功し、現在ではX線レーザーパルスを利用した様々な応用研究に供されている。本研究室では、高エネルギー加速器研究機構の柳下明シニアフェローらのグループと協力してフェムト秒X線自由電子レーザーパルスを用いた配列した分子中からの光電子回折像の観測に基づく「超高速光電子回折法」の開発を進めている。この手法は、X線自由電子レーザーパルスの照射により分子を構成する原子の内殻から生成された光電子の波と、その一部が同一分子内の近傍の原子で弾性散乱した波の干渉効果を光電子回折像として観測し、理論モデルとの比較により核間距離や3原子分子の場合には屈曲角をも決定するものである(M. Kazama et al., Phys. Rev. A 87, 063417 (2013))。特に気体分子の構造決定を目的とする場合には、本研究室が世界をリードする気体分子の配列・配向制御技術が不可欠となる。

今年度、ナノ秒Nd:YAGレーザーの基本波パルスで配列したI2分子を試料とし、光子エネルギー4.7 keVのX線自由電子レーザーパルスの照射により生成される運動エネルギー~140 eVをもつI 2p光電子の回折像を観測した。昨年度の実験で、「超高速光電子回折法」の原理実証に成功したとき(K. Nakajima et al., Sci. Rep. 5, 14065; doi: 10.1038/srep14065 (2015))よりもI2分子の配列度を高めることに成功し、<cos2>=0.73を達成した。光電子回折像と理論計算の比較の結果、I2分子配列用のナノ秒Nd:YAGレーザー電場中(6×1011 W/cm2)で、I2分子の核間距離は、平衡核間距離(2.666 Å)よりも0.1-0.2 Å伸長していることを初めて明らかにした。このことは、YAGレーザー光の多光子励起により、I2分子のアンサンブル中に励起分子が含まれていることを示唆している。今後はさらに分子試料の配列度を高めて分子構造決定の精度を高めるとともに、ポンプ―プローブ法の導入により分子の構造変化の超高速ダイナミクスを明らかにする「分子ムービー」の実現に向けて研究を進める予定である。

なお、本研究は、高エネルギー加速器研究機構の柳下明シニアフェローを始めとし、寺本高啓氏(立命館大学)、赤木浩氏(日本原子力研究開発機構、現 量子科学技術研究開発機構)、間嶋拓也氏(京都大学)、中嶋享氏(高輝度光科学研究センター)、小川奏氏(理化学研究所)、富樫格氏(高輝度光科学研究センター)、登野健介氏(高輝度光科学研究センター)、吉田慎太郎氏(京都大学)、和田健氏(高エネルギー加速器研究機構)、矢橋牧名氏(理化学研究所)との共同研究である。

 

4.その他

ここで報告した研究成果は、研究室のメンバー全員と学部4年生の特別実験で本研究室に配属された勝見亮太君、小松原航君(Sセメスター)、及び、梅本滉嗣君、住谷達哉君(Aセメスター)の活躍によるものである。また、今年度は、平成27年6月11日~7月22日の6週間にわたり、UTRIP(University of Tokyo Research Internship Program)生として、Ms. Siobhan Maeve Tobin (The Australian National University, Canberra, Australia)とMr. Hsu Liu (Reed College, Portland, OR, USA)の2名を受け入れた。一方、本研究室出身の加藤康作氏が、博士課程での研究業績に対し、原子衝突学会第16回若手奨励賞を受賞した。原子衝突学会若手奨励賞は、酒井広文研出身者として二人目の受賞である。また、特別実験Iを始めとし、その後の研究活動でも活躍した小松原航君が平成27年度理学部学修奨励賞を受賞した。おめでとう。

なお、今年度の研究活動のうち項目0.1.10.1.2は、科学研究費補助金の基盤研究(A)「配向した分子中から発生する高次高調波の物理過程の解明」(課題番号26247065、研究代表者:酒井広文)に加え、文部科学省「光・量子科学研究拠点形成に向けた基盤技術開発 最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム」、及び、「最先端研究基盤事業 コヒーレント光科学研究基盤の整備」からの支援も受けて行われた。ここに記して謝意を表する。