2016年度

2016年酒井(広)研究室年次報告

本研究室では、(1)高強度レーザー電場を用いた分子操作、(2) 高次の非線形光学過程 (多光子イオン化や高次高調波発生など) に代表される超短パルス高強度レーザー光と原子分子等との相互作用に関する研究、(3)アト秒領域の現象の観測とその解明、(4)整形された超短パルスレーザー光による原子分子中の量子過程制御を中心に活発な研究活動を展開している。

始めに、分子の配列と配向の意味を定義する。分子の頭と尻尾を区別せずに分子軸や分子面を揃えることを配列 (alignment) と呼び、頭と尻尾を区別して揃えることを配向 (orientation)と呼ぶ。英語では混乱はないが、日本語では歴史的経緯からしばしば逆の訳語が使用されて来たので注意する必要がある。また、実験室座標系で分子の向きを規定する三つのオイラー角のうち、一つを制御することを1次元的制御と呼び、三つとも制御することを 3 次元的制御と呼ぶ。

以下に、研究内容の経緯とともに、今年度の研究成果の概要を述べる。特に項目1. の研究内容の経緯は、昨年度と重複するが、研究の進展を概観するためのものであり、ご容赦いただきたい。

1. レーザー光を用いた分子配向制御技術の進展

本研究室では、レーザー光を用いた気体分子の配向制御技術の開発と配列あるいは配向した分子試料を用いた応用実験を進めている。分子の向きが揃った試料を用いることが出来れば、従来、空間平均を取って議論しなければならなかった多くの実験を格段に明瞭な形で行うことが出来る。そればかりでなく、化学反応における配置効果を直接的に調べることができるのを始めとし、物理現象における分子軸や分子面とレーザー光の偏光方向との相関や分子軌道の対称性や非対称性の効果を直接調べることができるなど、全く新しい実験手法を提供できる。実際、配列した分子試料の有効性は、I2 分子中の多光子イオン化過程を、時間依存偏光パルスを用いて最適制御することに成功したり (T. Suzuki et al., Phys. Rev. Lett. 92, 133005 (2004))、配列した分子中からの高次高調波発生実験において、電子のド・ブロイ波の打ち消しあいの干渉効果を観測することに成功したり(T. Kanai et al., Nature (London) 435, 470 (2005))するなどの、本研究室の成果でも実証されている。分子の配向制御については、静電場とレーザー電場の併用により、先に1次元的および3次元的な分子の配向が可能であることの原理実証実験に成功した。これらの実験は、分子の回転周期に比べてレーザー光のパルス幅が十分長い、いわゆる断熱領域で行われたものである。この場合、分子の配向度は、レーザー強度に追随して高くなり、レーザー強度が最大のときに配向度も最大となる。一方、光電子の観測や高精度の分光実験では、高強度レーザー電場が存在しない状況で試料分子の配向を実現することが望まれる。本研究室では、静電場とレーザー電場の併用による手法が断熱領域で有効なことに着目し、分子の回転周期Trotに比べて立ち上がりのゆっくりしたパルスをピーク強度付近で急峻に遮断することにより、断熱領域での配向度と同等の配向度を高強度レーザー電場が存在しない状況下で実現する全く新しい手法を提案した(Y. Sugawara et al., Phys.Rev.A 77, 031403(R) (2008))。この手法を実現すべく、ピーク強度付近で急峻に遮断されるパルスをプラズマシャッターと呼ばれる手法を用いて整形する技術を開発し、レーザー電場の存在しない条件下で分子配向を実現することに初めて成功した(A. Goban et al., Phys. Rev. Lett. 101, 013001 (2008))。

一方、本研究室では先に、分子の回転周期よりも十分長いパルス幅をもつ高強度非共鳴2 波長レーザー電場を用いて断熱的に分子配向を実現する手法を提案していた(T. Kanai and H. Sakai, J. Chem. Phys. 115, 5492 (2001))。この手法では、使用するレーザーの周波数がパルス幅の逆数よりも十分大きな場合には、分子の永久双極子モーメントとレーザー電場との相互作用はパルス幅にわたって平均するとゼロとなる。したがって、分子の配向に寄与するのは分子の超分極率の異方性とレーザー電場の3 乗の積に比例する相互作用、すなわち、それによって形成されるポテンシャルの非対称性である点に注意する必要がある。

この手法に基づいて、2 波長レーザー電場を用いてOCS 分子を配向制御することにも初めて成功した(K. Oda et al., Phys. Rev. Lett. 104, 213901 (2010))。さらに、C6H5I 分子を用い、本手法の汎用性の実証も行った。一方、Even-Lavie valveを用いても、OCSやC6H5I分子の配向度は、0.01のオーダーであり、劇的な配向度の増大を図ることは困難であることが明らかになった。この困難は、回転量子状態がBoltzmann 分布している thermal ensemble では、いわゆるright way に向く状態と wrong way に向く状態が混在していることに起因している。本研究室では、配向した分子試料を用いた「分子内電子の立体ダイナミクス(electronic stereodynamics in molecules)」に関する研究の推進を目指しており、配向度の高い分子試料の生成が不可欠である。そこで、初期回転量子状態を選別した試料に対し、静電場とレーザー電場を併用する手法や非共鳴2波長レーザー電場を用いる手法により高い配向度の実現を目指すこととした。そして、主として対称コマ分子の状態選別に適した六極集束器(hexapole focuser) と主として非対称コマ分子の状態選別に適した分子偏向器 (molecular deflector) を組み込んだ実験装置の立ち上げを行った。今後は、回転量子状態を選別した試料を用い、静電場とレーザー電場を併用する手法や 2波長レーザー電場のみを用いる全光学的な手法により、分子配向度の向上を実現した上で、配向した分子試料を用いた「分子内電子の立体ダイナミクス」研究の確立を目指す。

既に、初期回転量子状態を選別した非対称コマ分子(C6H5I) を試料とし、静電場とレーザー電場を併用する手法を用いて世界最高水準の高い配向度を達成することに成功した。さらに、プラズマシャッター技術を導入し、初期回転量子状態を選別した分子のレーザー電場のない条件下での 1次元的配向制御に世界で初めて成功した(J. H. Mun et al., Phys. Rev. A 89, 051402(R) (2014))。プラズマシャッターで整形したナノ秒パルスの立ち下がりは、約150 fsであった。分子が配列・配向している様子は、フェムト秒プローブパルスで生成された多価イオンからクーロン爆裂で生成されたフラグメントイオンを2次元イオン画像化法で観測した。配列度を⟨cos2θ2D⟩ (θ2D はレーザー光の偏光方向と分子軸 (ここでは C-I軸)のなす角 θの2次元検出器面への射影)で評価すると、レーザー電場を遮断後に、5–10 ps 程度高い配列度を維持できることが明らかとなった。一方、観測されるフラグメントイオンのうち、検出器面の上側に観測されるものの割合Nup/Ntotalを配向度の指標とした場合には、レーザー電場を遮断後に、20
ps 程度高い配向度を維持できることが明らかとなった。配列度–10 ps と考えるのが妥当である。この5–10 psという時間スケールは、フェムト秒レーザーパルスを用いた分子内電子の立体ダイナミクス研究への応用を考慮すると十分に長い時間スケールと言える。

さらに、静電場と楕円偏光したレーザー電場の併用により、レーザー電場の遮断直後にレーザー電場の存在しない条件下での3次元的な配向制御の実現に世界で初めて成功した (D. Takei et al., Phys. Rev. A 94, 013401 (2016))。実験試料として分子偏向器で初期回転量子状態を選別した3,4-ジブロモチオフェン分子 (C4H2Br2S)を用いた。楕円偏光を用いると Br+ フラグメントの角度分布が楕円偏光面によく沿う様子を観測でき、フラグメントイオンの上下の非対称性と併せて3次元配向が実現している様子を確認することができた。先の 3次元配向制御の原理実証実験のときに、2次元イオン画像の観測により3次元配列の確認をし、TOF スペクトルの forward イオンと backwardイオンの非対称性の観測により分子が配向していることを確認し、両者の組み合わせにより 3次元配向の証拠としたのに対し、今回は配向度が十分高いため、2次元イオン画像だけで3次元配向制御の様子を直接的に観測することができた。この 3次元配向制御の直接的観測自体も世界初の成果である。さらに、プラズマシャッター技術でナノ秒パルスを急峻に遮断すると、1次元配向制御に用いたヨードベンゼン分子のときのdephasing ダイナミクスよりは若干速いものの、∼5 ps 程度は十分高い配向度を維持できることを確認した。また、ナノ秒パルス内で、プラズマシャッターを掛けるタイミングを変えると、パルスの遮断後のdephasing ダイナミクスが異なることを確認することができた。特にナノ秒パルスのピーク強度の前後の瞬時強度がほぼ等しいタイミングでパルスを遮断した後のdephasing ダイナミクスが異なることは、1次元配向制御に用いたヨードベンゼン分子のときと同様に、3,4-ジブロモチオフェン分子に対しても、ナノ秒パルスの立ち上がり時間 8 ns が分子とレーザー電場の純粋に断熱的な相互作用を保証するほど十分に長くはないことを示唆している。

その後、上述したナノ秒非共鳴2波長レーザー電場を用いる全光学的な配向制御手法にプラズマシャッター技術を適用することにより、静電場も存在しない完全にフィールドフリーな条件下での配向制御技術の開発を進めている。直線偏光した2波長レーザー電場の偏光方向を平行にすれば 1次元的な配向制御が可能であり、偏光方向を交差させることにより3次元的な配向制御が可能である。さらに、2波長レーザーパルスにプラズマシャッター技術を適用すれば、静電場も存在しない完全にフィールドフリーな条件下での配向制御が可能となる。2波長レーザー電場を用いた全光学的な配向制御の実験は、静電場とレーザー電場を併用する手法と比べると、光学系の構成は複雑となる。2波長レーザー電場としては、ナノ秒 Nd:YAG レーザーの基本波(波長 λ = 1064 nm)とその第 2高調波(λ =532 nm) を使用する。2波長レーザーパルスとプローブパルスの空間的重なりをよくするための調整などを地道に行った結果、当初の目標であった配向度⟨cos2θ2D⟩> 0.1 を達成できる目処をつけることに成功した。一方、ナノ秒 Nd:YAGレーザーの基本波とその第 2高調波を利用した分子配向制御においては、基本波のパルス幅よりも第2高調波のパルス幅の方が短いため、基本波が先に立ち上がり始めることが配向度の効率的な向上を妨げている根本原因であることを明らかにした。これは、基本波パルスのみが先に立ち上がると対称な2重井戸ポテンシャルが形成されて分子配列のみが進行し、遅れて第 2高調波パルスが立ち上がり非対称ポテンシャルの形成が始まっても断熱的に配向を制御するメリットを生かすことができないためである。この困難を克服し、理想的な条件で全光学的な配向制御法を開発するために、干渉計型の光路を導入して2波長間の立ち上がりのタイミングを合わせることにした。

本年度は、実際に干渉計型の光路を導入し、まず 2波長パルスのアライメントを進めた。干渉計型の光路の導入により、一般に2波長間の相対位相が揺らぐことは避けられない。そこで、BBO >結晶を用いてNd:YAG レーザーの基本波の第 2高調波を発生させ、元から発生している第2高調波との干渉信号を観測し、PID 制御の手法を用いて安定化する技術の開発を進めた。その結果、2波長間の相対位相を長時間にわたって一定に保つことは現実的には困難なため、干渉信号の計測結果を保存して分子配向度の観測後に相対位相が一定範囲に保たれているデータを採用する事後解析で対応することにした。また、PID 制御による 2波長間の相対位相の安定化は、相対位相を制御するための溶融石英板の微小回転で行うことにした。2波長間の相対位相を干渉信号で検出するとき、ビームスプリッターを用いてポンプ光の一部を利用して行うのは困難であり、より高いパルスエネルギーが必要である。このため、試料分子と相互作用して真空チェンバーから抜けて来たポンプ光をそのまま2波長間の相対位相の観測に利用できるようにさらに光学系を修正した。クーロン爆裂の手法を用いて分子配向度を測定する場合、プローブ光で試料分子がイオン化した領域を通過したポンプ光の相対位相をきちんと測定できるかどうかは自明ではない。試料分子がイオン化した領域を通過したポンプ光の相対位相をきちんと測定できない場合には、分子配向度を測定する時間帯とシャッターでプローブ光を遮断して、ポンプ光の相対位相の確認とPID制御による安定化を行う時間帯を交互的に設ける方法を採用する。

2. 面配列したベンゼン分子中から発生する高次高調波

フェムト秒高強度レーザーパルスを気相の原子や分子に集光照射することにより発生する高次高調波は、極端紫外線–軟X線領域の (波長可変)コヒーレント光源としての有用性から過去 30 年近くにわたり精力的な研究が行われている。近年では、アト秒パルス発生とその応用や配列・配向した分子中から発生する高次高調波の観測に基づく分子イメージングへの応用が注目されている。本研究ではベンゼンに代表される回転対称性のよい分子を面配列した分子集団を試料とし、円偏光パルスの照射により発生すると期待される高次高調波を実験的に初めて観測し、その発生特性を詳細に調べることにより、基礎物理過程を解明するとともに、分子構造とその超高速ダイナミクスに関する知見を得ることを目的に研究を進めている。

一般に、円偏光パルスを基本波とする場合、光の角運動量保存則により高調波の発生は禁制となる。しかし、第一原理計算に基づく理論研究(E. Alon et al., Phys. Rev. Lett. 80, 3743 (1998)、及び、R. Baer et al., Phys. Rev. A 68, 043406 (2003)) は、面配列した N 回対称性をもつ分子に円偏光パルスを照射すると(nN ±1) 次の高調波が選択的に発生することを予言している。したがって、6回対称性をもつベンゼン分子の場合、5次と 7次、11次と 13次、… が選択的に発生すると期待される。この様な対称性の物理は基礎物理学的観点からも極めて興味深い。さらに、最近発表された核のダイナミクスの効果を取り入れた理論計算(A. Wardlow and D. Dundas, Phys. Rev. A 93, 023428 (2016)) は、上記の選択則がより強く表れることを示しており、実験での検証を目指す立場からは心強い。

さて、ベンゼンは室温で液体であり、ヘリウムをキャリアガスとして蒸気圧で決まる密度で高次高調波発生のための媒質として使用することは本研究室でも初めての経験であり、まずそのための技術開発を行った。パルス分子線バルブとして使用するEven-Lavie バルブに用意されているサンプルホルダーの容量は非常に小さく、先に行った予備実験で、数時間でベンゼンが枯渇してしまうことが明らかになっていた。そこで、Even-Lavie バルブのノズルを下向きにして縦方向に高調波発生用チェンバーに設置し、その上部にベンゼン用のリザーバーを設置した。室温で液体のベンゼンが直接ノズルに落下しない様にガラス繊維フィルターを入れ、それにベンゼンを染み込ませて使用する。ガラス繊維フィルターの挿入量や挿入位置、また、リザーバーやEven-Lavie バルブをヒーターで加熱する必要性の有無などについて、度重なる試行錯誤を経て安定に高調波を発生させ、定量的なデータを取得するためのノウハウを確立した。ただし、ベンゼンを試料として一定期間(2 週間程度)実験を続けると Even-Lavieバルブ内に白色結晶 (ビフェニルと考えられる)が析出し、ベンゼン分子の適切な供給が妨げられる現象が見られた。この現象は同条件でベンゼンを供給しているにもかかわらず、実際にはベンゼンが適切に供給されていないため、真空チェンバー内の真空度がよくなり高調波信号が著しく弱くなることで判断できる。この様な現象が見られた場合には、Even-Lavie バルブ内のクリーニングが必要となる。

一方、ベンゼン分子を面配列させるためには、ナノ秒 Nd:YAGレーザーの基本波を使用する。高調波発生用のフェムト秒 Ti:sapphireパルスとYAG パルスの空間的な重なりは、同時照射で発生する和周波と差周波を観測することで確認できる。この様なフェムト秒 Ti:sapphire パルスと YAG パルスを始めとする主として長波長パルスを併用した際の和周波と差周波の発生特性は本研究室で研究済みである(Y. Nomura et al., Phys. Rev. A, 75, 041801(R) (2007), Y.Oguchi et al., Phys. Rev. A 80, 021804(R) (2009), Y. Oguchi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 80, 014301(2011))。既にフェムト秒 Ti:sapphireパルスのみを使用した場合の高調波の楕円率依存性は取得できており、今後ナノ秒Nd:YAGレーザーパルスを併用し、ベンゼン分子を面配列させて高調波の楕円率依存性を測定するなど理論計算の予言の検証を目指す。

3. フェムト秒EUV自由電子レーザーパルスと近赤外パルスによる2色超閾イオン化過程の観測

近年、高強度電子線源と加速器関連技術の進歩を背景としてX線自由電子レーザーの開発とその応用研究が世界的に注目されている。日本では、理化学研究所のX線自由電子レーザー施設SACLA (SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser) が 2011 年 6 月 7日 16 時 10 分に 1.2 ˚A のX線レーザーの発振に成功し、現在ではX線レーザーパルスを利用した様々な応用研究に供されている。本研究室では、高エネルギー加速器研究機構の柳下明名誉教授らのグループと協力してフェムト秒X線自由電子レーザーパルスを用いた配列した分子中からの光電子回折像の観測に基づく「超高速光電子回折法」の開発を進めている。この手法は、X線自由電子レーザーパルスの照射により分子を構成する原子の内殻から生成された光電子の波と、その一部が同一分子内の近傍の原子で弾性散乱した波の干渉効果を光電子回折像として観測し、理論モデルとの比較により核間距離や3原子分子の場合には屈曲角をも決定するものである (M. Kazama et al., Phys. Rev. A 87, 063417 (2013))。特に気体分子の構造決定を目的とする場合には、本研究室が世界をリードする気体分子の配列・配向制御技術が不可欠となる。

これまでに、ナノ秒 Nd:YAGレーザーの基本波パルスで配列した I2 分子を試料とし、光子エネルギー 4.7 keV のX線自由電子レーザーパルスの照射により生成される運動エネルギー ∼140 eV をもつI 2p 光電子の回折像を観測した。この「超高速光電子回折法」の原理実証実験(K. Nakajima et al., Sci. Rep. 5, 14065 (2015))を踏まえ、I2 分子の配列度を ⟨cos2θ2D⟩ =0.734 まで高めることにより顕著な光電子回折像を得ることに成功した。理論計算と比較した結果、I2分子配列用のナノ秒 Nd:YAG レーザー電場中(6×1011 W/cm2) で、I2分子の核間距離は、平衡核間距離 (2.666 ˚A) よりもアンサンブル平均で0.18–0.30 ˚A伸長していることを初めて明らかにした(S.
Minemoto et al., Sci. Rep. 6, 38654 (2016))。

光子エネルギーが数 keV の X 線領域では光電子生成の断面積が極めて小さく、精度よく光電子回折像を得るためには長時間の測定が不可欠である。一方、SACLA では、本年度から数 10 から 100 eV 程度の光子エネルギーで自由電子レーザーパルスの提供を始めた。この極端紫外 (EUV)領域ではイオン化断面積が X 線領域に比べて 100–1000倍ほども大きく、短時間で精度よく光電子回折像を測定できると考えられる。本年度は、このEUV-FELパルスを使い、まず超短パルスTi:sapphireパルスとの同期実験を行った。Ar やXe などの原子を試料として用い、生成する光電子の速度分布のイメージを観測したところ、FEL とTi:sapphire パルスが時間的に重なったときに、それぞれのパルスの光子が同時に関与するイオン化過程(超閾イオン化過程)に相当するピークの観測に成功した。また、超閾イオン化に関与する Ti:sapphire パルスの光子の数ごとに角度分布にも変化が現れており、現在、理論計算との比較検討を進めている。

なお、本研究は、高エネルギー加速器研究機構の柳下明名誉教授を始めとし、島田紘行氏 (実験時:東京農工大学、現在:高エネルギー加速器研究機構)、水野智也氏(東京大学物性研究所)、間嶋拓也氏 (京都大学)、吉田慎太郎氏(京都大学)との共同研究である。

4. その他

ここで報告した研究成果は、研究室のメンバー全員と学部4 年生の特別実験で本研究室に配属された小松和真君、田口勉君(Sセメスター)、及び、高野哲君、三宅聡一朗君 (Aセメスター)の活躍によるものである。また、今年度は、平成28年6月10日–7月21日の6週間にわたり、UTRIP (University of Tokyo Research Internship Program)生として、Ms. Holly Herbert (Trinity College Dublin, Dublin, Ireland) と Mr. Niccol`o Bigagli (Bates College, Lewiston, ME, USA) の2名を受け入れた。

なお、今年度の研究活動のうち項目 2.は、科学研究費補助金の基盤研究 (A)「配向した分子中から発生する高次高調波の物理過程の解明」(課題番号26247065、研究代表者:酒井広文に加え、文部科学省「光・量子科学研究拠点形成に向けた基盤技術開発 最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム」、「最先端研究基盤事業 コヒーレント光科学研究基盤の整備」、及び、理学系研究科附属フォトンサイエンス研究機構の特定事業費からの支援も受けて行われた。ここに記して謝意を表する。