2020年度

2020年酒井(広)研究室年次報告

本研究室では、(1) 高強度レーザー電場を用いた分子操作、(2) 高次の非線形光学過程 (多光子イオン化や高次高調波発生など)に代表される超短パルス高強度レーザー光と原子分子等との相互作用に関する研究、(3) アト秒領域の現象の観測とその解明、(4) 整形された超短パルスレーザー光による原子分子中の量子過程制御を中心に活発な研究活動を展開している。

始めに、分子の配列と配向の意味を定義する。分子の頭と尻尾を区別せずに分子軸や分子面を揃えることを配列 (alignment) と呼び、頭と尻尾を区別して揃えることを配向 (orientation) と呼ぶ。英語では混乱はないが、日本語では歴史的経緯からしばしば逆の訳語が使用されて来たので注意する必要がある。また、実験室座標系で分子の向きを規定する三つのオイラー角のうち、一つを制御することを1次元的制御と呼び、三つとも制御することを3次元的制御と呼ぶ。

以下に、研究内容の経緯とともに、今年度の研究成果の概要を述べる。特に「1. レーザー光を用いた分子配向制御技術の進展 — 従来の経緯」は、昨年度と重複する部分があるが、研究の進展を概観するために必要な内容であるので、ご理解いただきたい。

1. レーザー光を用いた分子配向制御技術の進展

従来の経緯

本研究室では、レーザー光を用いた気体分子の配向制御技術の開発と配列あるいは配向した分子試料を用いた応用実験を進めている。分子の向きが揃った試料を用いることが出来れば、従来、空間平均を取って議論しなければならなかった多くの実験を格段に明瞭な形で行うことが出来る。そればかりでなく、化学反応における配置効果を直接的に調べることができるのを始めとし、物理現象における分子軸や分子面とレーザー光の偏光方向との相関や分子軌道の対称性や非対称性の効果を直接調べることができるなど、全く新しい実験手法を提供できる。実際、配列した分子試料の有効性は、I2分子中の多光子イオン化過程を、時間依存偏光パルスを用いて最適制御することに成功したり (T. Suzuki et al., Phys. Rev. Lett. 92, 133005 (2004))、配列した分子中からの高次高調波発生実験において、電子のド・ブロイ波の打ち消しあいの干渉効果を観測することに成功したり(T. Kanai et al., Nature (London) 435, 470 (2005))するなどの、本研究室の成果でも実証されている。

分子の配向制御については、始めに静電場とレーザー電場の併用により、1次元的および3次元的な分子の配向が可能であることの原理実証実験に成功した。これらの実験は、分子の回転周期に比べてレーザー光のパルス幅が十分長い、いわゆる断熱領域で行われたものである。この場合、分子の配向度は、レーザー強度に追随して高くなり、レーザー強度が最大のときに配向度も最大となる。一方、光電子の観測や高精度の分光実験では、高強度レーザー電場が存在しない状況で試料分子の配向を実現することが望まれる。本研究室では、静電場とレーザー電場の併用による手法が断熱領域で有効なことに着目し、分子の回転周期$Trotに比べて立ち上がりのゆっくりしたパルスをピーク強度付近で急峻に遮断することにより、断熱領域での配向度と同等の配向度を高強度レーザー電場が存在しない状況下で実現する全く新しい手法を提案した(Y. Sugawara et al., Phys. Rev. A 77, 031403(R) (2008))。この手法を実現すべく、ピーク強度付近で急峻に遮断されるパルスをプラズマシャッターと呼ばれる手法を用いて整形する技術を開発し、レーザー電場の存在しない条件下で分子配向を実現することに初めて成功した(A. Goban et al., Phys. Rev. Lett. 101, 013001 (2008))。

一方、本研究室では先に、分子の回転周期よりも十分長いパルス幅をもつ高強度非共鳴2波長レーザー電場を用いて断熱的に分子配向を実現する手法を提案していた(T. Kanai and H. Sakai, J. Chem. Phys. 115, 5492 (2001))。この手法では、使用するレーザーの周波数がパルス幅の逆数よりも十分大きな場合には、分子の永久双極子モーメントとレーザー電場との相互作用はパルス幅にわたって平均するとゼロとなる。したがって、分子の配向に寄与するのは分子の超分極率の異方性とレーザー電場の3乗の積に比例する相互作用、すなわち、それによって形成されるポテンシャルの非対称性である点に注意する必要がある。

この手法に基づいて、2波長レーザー電場を用いてOCS分子を配向制御することにも初めて成功した (K. Oda et al., Phys. Rev. Lett. 104, 213901 (2010))。さらに、C6H5I分子を用い、本手法の汎用性の実証も行った。一方、Even-Lavie valveを用いても、OCSやC6H5I分子の配向度は、0.01のオーダーであり、劇的な配向度の増大を図ることは困難であることが明らかになった。この困難は、回転量子状態がBoltzmann分布しているthermal ensembleでは、いわゆるright wayに向く状態とwrong wayに向く状態が混在していることに起因している。本研究室では、配向した分子試料を用いた「分子内電子の立体ダイナミクス(electronic stereodynamics in molecules)」に関する研究の推進を目指しており、配向度の高い分子試料の生成が不可欠である。そこで、初期回転量子状態を選別した試料に対し、静電場とレーザー電場を併用する手法や非共鳴2波長レーザー電場を用いる手法により高い配向度の実現を目指すこととした。そして、主として対称コマ分子の状態選別に適した六極集束器 (hexapole focuser) と主として非対称コマ分子の状態選別に適した分子偏向器 (molecular deflector)を組み込んだ実験装置を立ち上げた。その後、回転量子状態を選別した試料を用い、静電場とレーザー電場を併用する手法や2波長レーザー電場のみを用いる全光学的な手法により、分子配向度の向上を実現した上で、配向した分子試料を用いた「分子内電子の立体ダイナミクス」研究のさらなる推進を目指している。

先ず、初期回転量子状態を選別した非対称コマ分子(C6H5I)を試料とし、静電場とレーザー電場を併用する手法を用いて世界最高水準の高い配向度を達成することに成功した。さらに、プラズマシャッター技術を導入し、初期回転量子状態を選別した分子のレーザー電場のない条件下での1次元的配向制御に世界で初めて成功した (J. H. Mun et al., Phys. Rev. A 89, 051402(R) (2014))。次いで、静電場と楕円偏光したレーザー電場の併用により、レーザー電場の遮断直後にレーザー電場の存在しない条件下での3次元的な配向制御の実現に世界で初めて成功した (D. Takei et al., Phys. Rev. A 94, 013401 (2016))。この成果は、高い配向度、レーザー電場の存在しない条件下での配向制御、及び、非対称コマ分子の向きの完全な制御である3次元的な配向制御の3条件を満たし、静電場とレーザー電場を併用する手法の「完成形」の実現を意味している。

その後、上述した非共鳴2波長レーザー電場を用いる全光学的な配向制御手法にプラズマシャッター技術を適用することにより、静電場も存在しない完全にフィールドフリーな条件下での配向制御技術の開発を進めている。2波長レーザー電場を用いた全光学的な配向制御の実験は、静電場とレーザー電場を併用する手法と比べると、光学系の構成は複雑となる。2波長レーザー電場としては、ナノ秒Nd:YAGレーザーの基本波(波長λ = 1064 nm) とその第2高調波(λ = 532 nm)を使用する。注意深く予備実験を進めた結果、ナノ秒Nd:YAGレーザーの基本波とその第2高調波を利用した分子配向制御においては、基本波のパルス幅よりも第2高調波のパルス幅の方が短いため、基本波が先に立ち上がり始めることが配向度の効率的な向上を妨げている原因の一つであることを明らかにした。これは、基本波パルスのみが先に立ち上がると対称な2重井戸ポテンシャルが形成されて分子配列のみが進行し、遅れて第2高調波パルスが立ち上がり非対称ポテンシャルの形成が始まっても断熱的に配向を制御するメリットを活かすことができないためである。この困難を克服するために、干渉計型の光学遅延路を設置し、基本波パルスに約1.8 nsの遅延を導入することにより2波長間の立ち上がりのタイミングを合わせた。データ取得のための工夫をして解析をした結果、配向度| < cos θ > | ~ 0.34を達成することに成功した。この配向度は、プローブ光による試料分子の多価イオン生成過程における配向依存性の効果を避けるため、プローブ光の偏光を検出器面に垂直にして観測した配向度として世界で最も高い値である。

2020年度の進展

 

-直線偏光した基本波パルスと楕円偏光した第2高調波パルスの組み合わせによる配向制御-

これまでの研究で、パルス幅10 ns程度のNd:YAGレーザーパルスを用いても配向のダイナミクスが非断熱的であることが明らかになった。したがって、単に基本波と第2高調波の強度を上げるだけでは高い配向度を達成することはできない。この様な状況でも配向度を上げることができる手法として、最近、直線偏光した基本波パルスと楕円偏光した第2高調波パルスの組み合わせが、互いに直交した直線偏光の基本波パルスと第2高調波パルスの組み合わせ (Je Hoi Mun, Hirofumi Sakai, and Rosario González-Férez, Phys. Rev. A 99, 053424 (2019)) をspecial caseとして含み、配向度の向上に有効な「一般化された組み合わせ」であることを明らかにした。第2高調波パルスを楕円偏光とすることにより、相互作用ポテンシャルが、極角θに加え、方位角φにも依存する3次元的な形状となり、非対称ポテンシャル間の障壁が方位角φに沿って低い領域が生成され、配向状態へのトンネル遷移の確率が上昇することがポイントであることは、互いに直交した直線偏光の2波長パルスの組み合わせのときと同様である。互いに直交した直線偏光の2波長パルスの組み合わせと異なって、利用可能な第2高調波パルスの強度に応じて、配向度の向上を期待することができる点が大きな特長である。楕円偏光した第2高調波パルスを用いていることから、自然な形で3次元的配向制御に拡張できる。本研究は、Md. Maruf Hossain and Hirofumi Sakai, “All-optical orientation of linear molecules with combined linearly and elliptically polarized two-color laser fields,” J. Chem. Phys. 153, 104102 (2020)に発表した。

上記の論文では、タイトルに書かれている通り、直線分子を対象とした1次元的な分子配向について考察した。上述した通り、楕円偏光した第2高調波パルスを用いているので、原理的に3次元的配向制御に拡張できる。そこで、本年度は直線偏光した基本波パルスと楕円偏光した第2高調波パルスの組み合わせで3次元的な配向制御の生成ダイナミクスを調べるため、数値計算コードの開発に着手した。相互作用ハミルトニアンの導出、必要な行列要素の計算を行った上で、高次のCrank-Nicolson法を用いて数値計算コードの開発を進めた。次年度、引き続き本数値計算コードの開発を課題の一つとしたい。

2. マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成

理論

最近、気体分子に対する既存の配列・配向制御技術と概念的に異なる全く新しい分子アンサンブルの生成法を考案した。互いに逆回りに円偏光した基本波パルスと第2高調波パルスを重ね合わせると、3回対称な電場トラジェクトリーが形成される。この様な特異な電場トラジェクトリーとBX3 (X=F, Cl, Br, I) の様な点群D3hに属する分子の超分極率相互作用によって、試料分子の三つの腕を3回対称な電場の向きに揃え、マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルを生成できる。実験的に実現可能な回転温度とレーザー強度を仮定して、有意なオーダーパラメータを達成できることを数値計算で確認した (H. Nakabayashi, W. Komatsubara, and H. Sakai, Phys. Rev. A 99, 043420 (2019))。

上記の理論提案では、レーザー光のパルス幅が十分長く、レーザーと分子の相互作用が断熱的に進むと仮定して、時間に依存しないSchrödinger方程式を数値的に解き、レーザー光の強度と試料分子の初期回転温度について、現実的な実験条件下でマクロな回転対称性をもつ分子アンサンブルが生成可能であることを示した。本年度、レーザーパルスをそのピーク強度付近でプラズマシャッターにより急峻に遮断した後に、レーザー電場のない条件下でのマクロな回転対称性をもつ分子アンサンブルの生成ダイナミクスを探究すべく、時間依存Schrödinger方程式を数値的に解く計算コードを開発し、以下の知見を得た。(i) 回転基底状態を初期状態とした場合には、レーザー電場に対する分子の揃い方を表すオーダーパラメータはナノ秒レーザーパルスの強度に追随した時間発展を示す。(ii) 試料分子がレーザー電場の偏光面内に揃う度合いを示すオーダーパラメータ< cos2θ >が、一般の分子配列や配向の1周期と同じ周期をもつのに対し、2波長レーザー電場で形成される3回対称なレーザー電場トラジェクトリーに揃う度合いを示すオーダーパラメータIΔは、その4倍であることを見出した。(iii) さらに、IΔの1周期後に極大値を示すタイミングに合わせ、3回対称な電場トラジェクトリーをもつ2波長フェムト秒レーザーパルスを照射することにより、IΔを最も効率的に増大できることも見出した。

実験

上述したマクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成を、実験でも初めて実現することを目指している。円偏光面内に3回対称性をもつ分子アンサンブルが生成されている様子をクーロン爆裂イメージングで観測するためには、円偏光面と垂直な検出器面をもつ既存の速度マップ型イオン画像化装置を用いることはできず、専用の装置開発が必要である。高強度フェムト秒プローブパルスによるクーロン爆裂で生成されたフラグメントイオンをまずイオン光学の原理で引き出してから、2次元イオン検出器面に射影すればよい。この様な実験装置を昨年度開発し、所期の性能が得られることを確認した。

今年度、OCS分子を試料とした予備的な実験を行うことにより、実験条件の最適化を進めた。OCS分子の様な直線分子でも、3回対称な分子アンサンブルを生成できることは、数値計算で確認済みである。予備的な実験では、フラグメントイオンの引き出し電極への印加電圧の最適化、互いに逆回り円偏光したナノ秒Nd:YAGレーザーの基本波パルスと第2高調波パルスの偏光状態の最適化、プローブ用フェムト秒Ti:sapphireレーザーパルスの偏光状態の最適化(できるだけ完全な円偏光が望ましい) などを進めた。併せて、フラグメントイオンの観測と同時にナノ秒Nd:YAGレーザーの2波長間の相対位相の安定性をモニターできるシステムも構築した。最近、3回対称な分子アンサンブルの生成を示唆する実験データが得られるようになってきた。次年度は、実際にBX3タイプの試料分子を用い、マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成に関する世界初の原理実証を行いたい。

3. PAL-XFEL施設の軟X線自由電子レーザーを用いた光電子計測

本研究室では、フェムト秒スケールで進行する超高速光化学反応ダイナミクスの探究するため、X 線自由電子レーザー(XFEL) を用いた超高速X線光電子回折法の開発を進めている。X 線光電子回折法は、X 線照射により生成された内殻光電子の角度分布を解析することによって、分子の構造を決定する手法である。光学レーザーの照射後、一定の遅延時間をおいてX線パルスを照射し、生成された光電子の角度分布(光電子回折パターン)を測定する。遅延時間を変えながら回折パターンの変化を調べ、理論計算と比較することによって、光化学反応ダイナミクスにおける分子の構造変化を直接調べることができる。

これまでは、兵庫県播磨のSPring-8 内にあるXFEL施設SACLA の超短パルスX線、真空紫外パルスを用いて、超高速X線光電子回折の実証実験や超短パルス光学レーザーとの同期実験など、基礎技術の開発を行ってきた。まず、光子エネルギー4.7 keV のXFELを用いて、配列したI2 分子のI 2p 光電子回折像を得ることに成功した。理論計算と比較した結果、配列用のナノ秒Nd:YAG レーザー電場中 (6×1011 W/cm2) で、I2 分子の核間距離は、平衡核間距離 (2.666 Å) よりもアンサンブル平均で0.18-0.30 Å 伸長していることを初めて明らかにした (K. Nakajima et al., Sci. Rep. 5, 14065 (2015)、S. Minemoto et al., Sci. Rep. 6, 38654 (2016))。

さらに、極端紫外(EUV) 領域のFEL パルスを用いて、フェムト秒Ti:sapphire レーザーパルスとの同期実験を行った。具体的には、EUV-FEL とTi:sapphireパルスが時間的に重なったときに、それぞれのパルスの光子が同時に関与するイオン化過程 (超閾イオン化過程) に相当するピークの観測に成功した。EUV-FEL とTi:sapphire パルスとの時間ジッターを考慮したモデル計算から、~ 1 ps のジッターをもつことが分かった (S. Minemoto et al., J. Phys. B 51, 075601 (2018))。また、Ti:sapphire パルスにより二酸化炭素 CO2 分子を非断熱的に配列させ、光子エネルギー55.4 eV のEUV-FEL パルスによって生成される光電子の角度分解スペクトルを測定した。この実験では、光電子の角度分布と同時にフラグメントイオンの角度分布も観測することによりショットごとの配列状態を評価した。光電子スペクトルと配列状態の対応付けをすることにより、光電子スペクトルの時間発展を追うことができた。その結果、FEL パルスの偏光方向に分子軸の向きを固定した光電子角度分布を得ることに成功した (S. Minemoto et al., J. Phys. Commun. 2, 115015 (2018))。

一方、超高速X線光電子回折実験を行うには光子エネルギー200-1000 eV 程度の軟X線領域のパルスが最適であるが、SACLAではまだ軟X線FELパルスが供給されていない。そこで、軟X線FELパルスを供給する施設として韓国・浦項にあるPAL-XFEL に着目し、2019年度から、PAL-XFELの軟X線FELパルスを用いて超高速X 線光電子回折実験を行うための準備を開始した。SACLAで開発してきたX 線光電子回折装置をPAL-XFELに移設し、2019年6月のビームタイムでは、光子エネルギー750 eVおよび800 eVの軟X線FELパルスを用いてXe 3d 光電子やヨードベンゼン分子のI 3d光電子の角度分布測定に成功した。

本年度は、コロナ禍の影響で現地でのビームタイム実験を実施することができなかった。このため、2019年6月に測定したデータのさらなる解析に注力した。Xe 3d光電子については、スピン軌道相互作用によって分裂した副殻成分3d5/2と3d3/2それぞれについて、角度分布の非対称性パラメータβの値を誤差±0.05以下の高い確度で求めた。他の実験や理論を含めて、Xe 3d光電子についてこれまでに得られている非対称性パラメータβの光子エネルギー依存性を調べたところ、理論値が実験値より20%程度大きく見積もられていることを見出した。理論値と実験値の乖離の原因を探れば、内殻電離のダイナミクスをより深く理解できると期待される。

また、ヨードベンゼン分子について、分子の構造情報をどこまで抽出できるか検討を進めている。2019年のビームタイム実験では、軟X 線FELパルス の集光径が大きく (直径50-80 μm 程度)、分子配列用YAG レーザーパルスとの空間的重なりが良好ではなかった。この状況下でも、超閾イオン化過程の光電子は主としてYAGパルスの強度が高い試料から生成すると考えられ、比較的配列度の高い分子の光電子回折像とみなせる。フラグメントイオンのシミュレーションから、分子試料の配列度< cos2θ>は最大0.75程度に達していると見積もられており、この配列度における超閾イオン化過程の光電子スペクトルに対する理論シミュレーションを進めている。

本研究は、高エネルギー加速器研究機構の柳下明名誉教授、寺本高啓博士(大阪大学)、間嶋拓也准教授(京都大学)、水野智也博士(東京大学物性研究所)、Dr. Je Hoi Mun (韓国、Max Planck POSTECH) との共同研究である。

4. その他

ここで報告した研究成果は、酒井広文研究室のメンバーと客員共同研究員として受け入れたMd. Maruf Hossain氏(日本アイ・ビー・エム株式会社)、水流翔太氏 (デンマーク工科大学、のちルール大学ボーフム)、及び、学部4年生の特別実験で本研究室に配属された洪木子さん (Sセメスター)、深瀬実来君、福元孝晋君 (Aセメスター)の活躍によるものである。洪木子さんは、特別実験での活躍などが高く評価され、令和2年度理学部学修奨励賞を受賞した。おめでとう。なお、研究項目3. の実験は、公益財団法人松尾学術振興財団から第31回松尾学術研究助成金の支援を受けて進めたものである。ここに記して謝意を表する。

研究成果