2019年度

2019年酒井(広)研究室年次報告

本研究室では、(1) 高強度レーザー電場を用いた分子操作、(2) 高次の非線形光学過程(多光子イオン化や高次高調波発生など)に代表される超短パルス高強度レーザー光と原子分子等との相互作用に関する研究、(3) アト秒領域の現象の観測とその解明、 (4) 整形された超短パルスレーザー光による原子分子中の量子過程制御を中心に活発な研究活動を展開している。

始めに、分子の配列と配向の意味を定義する。分子の頭と尻尾を区別せずに分子軸や分子面を揃えることを配列(alignment)と呼び、頭と尻尾を区別して揃えることを配向(orientation)と呼ぶ。英語では混乱はないが、日本語では歴史的経緯からしばしば逆の訳語が使用されて来たので注意する必要がある。また、実験室座標系で分子の向きを規定する三つのオイラー角のうち、一つを制御することを1次元的制御と呼び、三つとも制御することを3次元的制御と呼ぶ。

以下に、研究内容の経緯とともに、今年度の研究成果の概要を述べる。特に1.「レーザー光を用いた分子配向制御技術の進展 従来の経緯」は、昨年度と重複する部分があるが、研究の進展を概観するために必要な内容であるので、ご理解いただきたい。

レーザー光を用いた分子配向制御技術の進展

従来の経緯

本研究室では、レーザー光を用いた気体分子の配向制御技術の開発と配列あるいは配向した分子試料を用いた応用実験を進めている。分子の向きが揃った試料を用いることが出来れば、従来、空間平均を取って議論しなければならなかった多くの実験を格段に明瞭な形で行うことが出来る。そればかりでなく、化学反応における配置効果を直接的に調べることができるのを始めとし、物理現象における分子軸や分子面とレーザー光の偏光方向との相関や分子軌道の対称性や非対称性の効果を直接調べることができるなど、全く新しい実験手法を提供できる。実際、配列した分子試料の有効性は、I2分子中の多光子イオン化過程を、時間依存偏光パルスを用いて最適制御することに成功したり (T. Suzuki et al., Phys. Rev. Lett. 92, 133005 (2004))、配列した分子中からの高次高調波発生実験において、電子のド・ブロイ波の打ち消しあいの干渉効果を観測することに成功したり(T. Kanai et al., Nature (London) 435, 470 (2005))するなどの、本研究室の成果でも実証されている。

分子の配向制御については、始めに静電場とレーザー電場の併用により、1次元的および3次元的な分子の配向が可能であることの原理実証実験に成功した。これらの実験は、分子の回転周期に比べてレーザー光のパルス幅が十分長い、いわゆる断熱領域で行われたものである。この場合、分子の配向度は、レーザー強度に追随して高くなり、レーザー強度が最大のときに配向度も最大となる。一方、光電子の観測や高精度の分光実験では、高強度レーザー電場が存在しない状況で試料分子の配向を実現することが望まれる。本研究室では、静電場とレーザー電場の併用による手法が断熱領域で有効なことに着目し、分子の回転周期Trotに比べて立ち上がりのゆっくりしたパルスをピーク強度付近で急峻に遮断することにより、断熱領域での配向度と同等の配向度を高強度レーザー電場が存在しない状況下で実現する全く新しい手法を提案した (Y. Sugawara et al., Phys. Rev. A 77, 031403(R) (2008))。この手法を実現すべく、ピーク強度付近で急峻に遮断されるパルスをプラズマシャッターと呼ばれる手法を用いて整形する技術を開発し、レーザー電場の存在しない条件下で分子配向を実現することに初めて成功した (A. Goban et al., Phys. Rev. Lett. 101, 013001 (2008))。

一方、本研究室では先に、分子の回転周期よりも十分長いパルス幅をもつ高強度非共鳴2波長レーザー電場を用いて断熱的に分子配向を実現する手法を提案していた (T. Kanai and H. Sakai, J. Chem. Phys. 115, 5492 (2001))。この手法では、使用するレーザーの周波数がパルス幅の逆数よりも十分大きな場合には、分子の永久双極子モーメントとレーザー電場との相互作用はパルス幅にわたって平均するとゼロとなる。したがって、分子の配向に寄与するのは分子の超分極率の異方性とレーザー電場の3乗の積に比例する相互作用、すなわち、それによって形成されるポテンシャルの非対称性である点に注意する必要がある。

この手法に基づいて、2波長レーザー電場を用いてOCS分子を配向制御することにも初めて成功した (K. Oda et al., Phys. Rev. Lett. 104, 213901 (2010))。さらに、C6H5I分子を用い、本手法の汎用性の実証も行った。一方、Even-Lavie valveを用いても、OCSやC6H5I分子の配向度は、0.01のオーダーであり、劇的な配向度の増大を図ることは困難であることが明らかになった。この困難は、回転量子状態がBoltzmann分布しているthermal ensembleでは、いわゆるright wayに向く状態とwrong wayに向く状態が混在していることに起因している。本研究室では、配向した分子試料を用いた「分子内電子の立体ダイナミクス (electronic stereodynamics in molecules)」に関する研究の推進を目指しており、配向度の高い分子試料の生成が不可欠である。そこで、初期回転量子状態を選別した試料に対し、静電場とレーザー電場を併用する手法や非共鳴2波長レーザー電場を用いる手法により高い配向度の実現を目指すこととした。そして、主として対称コマ分子の状態選別に適した六極集束器(hexapole focuser)と主として非対称コマ分子の状態選別に適した分子偏向器(molecular deflector)を組み込んだ実験装置を立ち上げた。その後、回転量子状態を選別した試料を用い、静電場とレーザー電場を併用する手法や2波長レーザー電場のみを用いる全光学的な手法により、分子配向度の向上を実現した上で、配向した分子試料を用いた「分子内電子の立体ダイナミクス」研究のさらなる推進を目指している。

先ず、初期回転量子状態を選別した非対称コマ分子(C6H5I)を試料とし、静電場とレーザー電場を併用する手法を用いて世界最高水準の高い配向度を達成することに成功した。さらに、プラズマシャッター技術を導入し、初期回転量子状態を選別した分子のレーザー電場のない条件下での1次元的配向制御に世界で初めて成功した (J. H. Mun et al., Phys. Rev. A 89, 051402(R) (2014))。次いで、静電場と楕円偏光したレーザー電場の併用により、レーザー電場の遮断直後にレーザー電場の存在しない条件下での3次元的な配向制御の実現に世界で初めて成功した(D. Takei et al., Phys. Rev. A 94, 013401 (2016))。この成果は、高い配向度、レーザー電場の存在しない条件下での配向制御、及び、非対称コマ分子の向きの完全な制御である3次元的な配向制御の3条件を満たし、静電場とレーザー電場を併用する手法の「完成形」の実現を意味している。

その後、上述した非共鳴2波長レーザー電場を用いる全光学的な配向制御手法にプラズマシャッター技術を適用することにより、静電場も存在しない完全にフィールドフリーな条件下での配向制御技術の開発を進めている。2波長レーザー電場を用いた全光学的な配向制御の実験は、静電場とレーザー電場を併用する手法と比べると、光学系の構成は複雑となる。2波長レーザー電場としては、ナノ秒Nd:YAGレーザーの基本波(波長λ = 1064 nm)とその第2高調波(λ = 532 nm)を使用する。注意深く予備実験を進めた結果、ナノ秒Nd:YAGレーザーの基本波とその第2高調波を利用した分子配向制御においては、基本波のパルス幅よりも第2高調波のパルス幅の方が短いため、基本波が先に立ち上がり始めることが配向度の効率的な向上を妨げている原因の一つであることを明らかにした。これは、基本波パルスのみが先に立ち上がると対称な2重井戸ポテンシャルが形成されて分子配列のみが進行し、遅れて第2高調波パルスが立ち上がり非対称ポテンシャルの形成が始まっても断熱的に配向を制御するメリットを生かすことができないためである。この困難を克服するために、干渉計型の光学遅延路を設置し、基本波パルスに約1.8 nsの遅延を導入することにより2波長間の立ち上がりのタイミングを合わせた。データ取得のための工夫をして解析をした結果、配向度| < cosθ >| ~ 0.3を達成することに成功した。この配向度は、プローブ光による試料分子の多価イオン生成過程における配向依存性の効果を避けるため、プローブ光の偏光を検出器面に垂直にして観測した配向度として世界で最も高い値である。

2019年度の進展

上述したレーザー電場の存在しない条件下での配向制御実験で、プラズマシャッターにより急峻に遮断された後の残留レーザー電場強度を実験と理論の併用により明らかにした。従来、プラズマシャッターを適用した際のナノ秒パルスの立下りと残留電場強度は、ナノ秒Nd:YAGレーザーパルスとフェムト秒Ti:sapphireレーザーパルスの和周波をBBO結晶中で発生させる相互相関測定で評価していた。相互相関測定では、立下り150-200 fs、残留電場強度~5%が得られていたが、相互相関測定と気体分子の配向制御実験では、主としてレーザーパルスの集光条件が異なることから、配向制御実験でのレーザー-分子相互作用領域での実際の残留電場強度は詳しく調べられていなかった。そこで、分子偏向器で回転量子状態を選別したOCS分子を試料とし、プラズマシャッター適用後の配列度の時間発展を観測し、数値計算と比較することにより、残留電場強度を評価した。実験では、OCS分子の回転周期にほぼ正確なポンプ光-プローブ光間の遅延時間までに配列度が綺麗に3回回復する現象が観測された。数値計算との比較の結果、残留電場強度はピーク強度の高々0.4%程度以下であり、仮に完全にゼロではない残留電場があったとしても、実質的にレーザー電場を急峻に遮断した後の分子の配列・配向ダイナミクスへの影響は無視できることを明らかにした。

一方、残留電場強度の相互相関測定との相違について、その原因を探るべく、Huygens-Fresnelの回折積分を用いてレーザービームの伝搬特性を評価した。その結果、当初の予想通り、相互相関測定時には長焦点レンズを用いてloose focusし、かつBBO結晶の損傷を避けるため、焦点位置よりも手前にBBO結晶を置いて和周波を発生させているのに対し、配向制御実験では、短焦点レンズを用いてtight focusし、かつ集光位置近傍で試料分子と相互作用していることが相違の原因であった。物理的には、相互相関測定では、プラズマ生成時の周縁部で僅かに透過する残留電場成分が和周波発生に一定の寄与をするのに対し、配向制御実験ではプラズマ生成時の周縁部に存在する自由電子の影響で、いわゆるfocusabilityが悪く、tight focusではレーザー-分子相互作用領域に殆ど集光されないため、実質的に無視できる状況が実現している。本研究成果は、Je Hoi Mun, Shinichirou Minemoto, and Hirofumi Sakai, Opt. Express 27, 19130-19140 (2019)で発表した。従来の「レーザー電場の存在しない条件下で配向制御を実現した。」という酒井グループの主張を完全に正当化する結果であり、今後の実験結果に対する主張の根拠ともなる極めて重要な成果である。

2. 全光学的配向制御法で配向度を向上させるための考察

これまでの研究で、パルス幅10 ns程度のNd:YAGレーザーパルスを用いても配向のダイナミクスが非断熱的であることが明らかになった。したがって、単に基本波と第2高調波の強度を上げるだけでは高い配向度を達成することはできない。この様な状況でも配向度を上げることができる手法について、2018年度からの継続課題として考察を進めた。

互いに直交した直線偏光の基本波パルスと第2高調波パルスの組み合わせ

互いに直交した直線偏光の基本波パルスと第2高調波パルスを組み合わせると、相互作用ポテンシャルが、極角θに加え、方位角φにも依存する3次元的な形状となり、非対称ポテンシャル間の障壁が方位角φに沿って低い領域が生成され、配向状態へのトンネル遷移の確率が上昇する。この場合、第2高調波パルスの強度を基本波パルスの強度よりも十分高くすることにより、第2高調波の偏光方向に配向が実現する。詳細な数値計算により、互いに平行な直線偏光の基本波パルスと第2高調波パルスの組み合わせと比較して、配向のダイナミクスがより断熱的になることがこのアプローチの優位性を裏付けていることを確認した。互いに直交した直線偏光が張る面内に分子面をもつ分子を配向させることができるので、3次元的な配向制御にも拡張できると期待される。本研究は、酒井広文研究室の出身で現在韓国CASTECH (Center for Attosecond Science and Technology)のDr. Je Hoi Mun、及び、スペイングラナダ大学のDr. Rosario González-Férezとの共同研究として行われた (Je Hoi Mun, Hirofumi Sakai, and Rosario González-Férez, Phys. Rev. A 99, 053424 (2019))。

直線偏光した基本波パルスと楕円偏光した第2高調波パルスの組み合わせ

直線偏光した基本波パルスと楕円偏光した第2高調波パルスの組み合わせが、上述の「互いに直交した直線偏光の基本波パルスと第2高調波パルスの組み合わせ」をspecial caseとして含み、配向度の向上に有効な「一般化された組み合わせ」であることを明らかにした。第2高調波パルスを楕円偏光とすることにより、相互作用ポテンシャルが、極角θに加え、方位角φにも依存する3次元的な形状となり、非対称ポテンシャル間の障壁が方位角φに沿って低い領域が生成され、配向状態へのトンネル遷移の確率が上昇することがポイントであることは、互いに直交した直線偏光の2波長パルスの組み合わせのときと同様である。互いに直交した直線偏光の2波長パルスの組み合わせと異なって、利用可能な第2高調波パルスの強度に応じて、配向度の向上を期待することができる点が大きな特長である。楕円偏光した第2高調波パルスを用いていることから、自然な形で3次元的配向制御に拡張できる。現在、論文を投稿中である (Md. Maruf Hossain and Hirofumi Sakai, “All-optical orientation of linear molecules with combined linearly- and elliptically-polarized two-color laser fields,” to appear in J. Chem. Phys.)。

3. マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成

理論

気体分子に対する既存の配列・配向制御技術と概念的に異なる全く新しい分子アンサンブルの生成法を考案した。互いに逆回りに円偏光した基本波パルスと第2高調波パルスを重ね合わせると、3回対称な電場トラジェクトリーが形成される。この様な特異な電場トラジェクトリーとBX3 (X=F, Cl, Br, I)の様な点群D3hに属する分子の超分極率相互作用によって、試料分子の三つの腕を3回対称な電場の向きに揃え、マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルを生成できる。実験的に実現可能な回転温度とレーザー強度を仮定して、有意なオーダーパラメータを達成できることを数値計算で確認した (H. Nakabayashi, W. Komatsubara, and H. Sakai, Phys. Rev. A 99, 043420 (2019))。

この研究を切っ掛けとして、「表現論」と「調和解析」を駆使し、alignmentとorientationも包含する気体分子の回転量子状態の制御に関する数理体系を構築した。これは、従来個々の回転量子状態の制御が独立に議論されていたのに対し、包括的な理解を可能とするものであり、関連分野で重要な結果と位置付けられる。

さらに、時間依存Schrödinger方程式を数値的に解くコードを開発し、回転対称性をもつ分子アンサンブルの生成過程のダイナミクスをも明らかにした。注目すべき挙動として、分子の向きの揃い方の指標となるorder parameterが、レーザーパルスのピークを過ぎてから最大になることを見出した。この興味深い現象の起源を探るため、個々の回転量子状態のpopulationの時間発展を調べることにより、特定の回転量子状態の分布がレーザーパルスの通過後に増大することが主因であることを明らかにした。これは分子の超分極率とレーザー電場との相互作用で発現する典型的な量子力学的効果である。以上の一連の理論研究は、仲林宏斗君の修士論文(英文)としてまとめられた。

実験

上述したマクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成を、実験でも初めて実現することを目指している。円偏光面内に3回対称性をもつ分子アンサンブルが生成されている様子をクーロン爆裂イメージングで観測するためには、円偏光面と垂直な検出器面をもつ既存の速度マップ型イオン画像化装置を用いることはできず、専用の装置開発が必要である。高強度フェムト秒プローブパルスによるクーロン爆裂で生成されたフラグメントイオンをまずイオン光学の原理で引き出してから、2次元イオン検出器面に射影すればよい。この様な実験装置の概念図を図1に示す。今年度、実験装置の立ち上げを行って、所期の性能が得られることを確認した。図2に開発した実験装置の写真を示す。次年度は、実際にマクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルが生成されていることの原理実証実験を行う予定である。

マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成を観測するための実験装置の概念図。

2019年度に開発した、マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成を観測するための実験装置。

4. PAL-XFEL施設の軟X線自由電子レーザーを用いた光電子角度分布の計測

本研究室では、フェムト秒スケールで進行する超高速光化学反応ダイナミクスを探求するため、X線自由電子レーザー(XFEL)を用いた超高速X線光電子回折法の開発を進めている。 X線光電子回折法は、X線照射により生成された内殻光電子の角度分布を解析することによって分子の構造を決定する手法である。光学レーザーの照射後、一定の遅延時間をおいてX線パルスを照射し、生成された光電子の角度分布(光電子回折パターン)を測定する。遅延時間を変えながら回折パターンの変化を調べ、理論計算と比較することによって、光化学反応ダイナミクスにおける分子の構造変化を直接調べることができる。

これまでは、兵庫県播磨のSPring-8内にあるXFEL施設 SACLA の超短パルスX線、真空紫外パルスを用いて、超高速X線光電子回折の実証実験や超短パルス光学レーザーとの同期実験など、基礎技術の開発を行ってきた。まず、光子エネルギー4.7 keVのXFELを用いて、配列したI2分子のI 2p光電子回折像を得ることに成功した。理論計算と比較した結果、配列用のナノ秒Nd:YAGレーザー電場中(6×1011 W/cm2)で、I2分子の核間距離は、平衡核間距離(2.666 Â)よりもアンサンブル平均で0.18–0.30 Â伸長していることを初めて明らかにした (K. Nakajima et al., Sci. Rep. 5, 14065 (2015)、S. Minemoto et al., Sci. Rep. 6, 38654 (2016))。

さらに、極端紫外(EUV)領域のFELパルスを用いて、フェムト秒Ti:sapphireレーザーパルスとの同期実験を行った。具体的には、EUV-FELとTi:sapphireパルスが時間的に重なったときに、それぞれのパルスの光子が同時に関与するイオン化過程(超閾イオン化過程)に相当するピークの観測に成功した。EUV-FELとTi:sapphireパルスとの時間ジッターを考慮したモデル計算から、~1 psのジッターをもつことが分かった (S. Minemoto et al., J. Phys. B 51, 075601 (2018))。また、Ti:sapphireパルスにより二酸化炭素CO2分子を非断熱的に配列させ、光子エネルギー55.4 eVのEUV-FELパルスによって生成される光電子の角度分解スペクトルを測定した。この実験では、光電子の角度分布と同時にフラグメントイオンの角度分布も観測することによりショットごとの配列状態を評価した。光電子スペクトルと配列状態の対応付けをすることにより、光電子スペクトルの時間発展を追うことができた。その結果、FELパルスの偏光方向に分子軸の向きを固定した光電子角度分布 (Molecular-Frame Photoelectron Angular Distribution: MF-PAD)を得ることに成功した (S. Minemoto et al., J. Phys. Commun. 2, 115015 (2018))。

一方、超高速X線光電子回折実験を行うには光子エネルギー200-1000 eV程度の軟X線領域のパルスが最適であるが、SACLAでは軟X線FELパルスが提供されていない。そこで、2018年から軟X線FELパルスを供給する施設として韓国・浦項にあるPAL-XFELに着目し、本年度から、PAL-XFELの軟X線FELパルスを用いて超高速X線光電子回折実験を行うための準備を開始した。SACLAでこれまで開発を行ってきたX線光電子回折装置をPAL-XFELのビームラインに接続できるように一部を改造して実際に設置した。2019年6月のビームタイムでは、光子エネルギー750 eVおよび800 eVの軟X線FELパルスを用いてXe原子から生成されるXe 3d光電子の角度分布を測定し、スピン-軌道相互作用による分裂(~11 eV)を観測できるほど十分高いエネルギー分解能を有していることを確認した。ただし、現状では軟X線FELパルスの集光径が大きいため(直径50-80 μm程度)、分子試料の配列用YAGレーザーパルスとの良好な空間的重なりを確保するに至っていない。例えばヨードベンゼン分子に対しては、配列度が< cos2θ >=0.59に留まっており、明瞭な光電子回折像を得るためには不十分である。2020年度以降、ビームラインスタッフと協力してFELパルスの集光径を小さくするとともに、光学レーザーと軟X線パルスを同期させて光電子角 度分布の測定を行い、光化学反応ダイナミクスの追跡を本格的に開始する予定である。

本研究は、高エネルギー加速器研究機構の柳下明名誉教授、寺本高啓博士(大阪大学)、間嶋拓也准教授(京都大学)、水野智也博士(東京大学物性研究所)、Dr. Je Hoi Mun、Dr. Kyung Seung Kim(韓国、Institute for Basic Science)との共同研究である。

5. その他

本年度は、修士1名(仲林宏斗君)を輩出した。また、学部4年生の特別実験では、伊名波翔君、塚本萌太君(Sセメスター)、岡本直大君、野下剛君(Aセメスター)を受け入れた。4年生と協力し、主として研究項目3.で説明したマクロな回転対称性をもつ分子アンサンブルの観測装置の立ち上げを行った。
なお、研究項目3.は、公益財団法人松尾学術振興財団から第31回松尾学術研究助成金の支援を受けて進めている。ここに記して謝意を表する。

研究成果